(2019年1月更新済み)
みなさんはライブやスタジオに行くとき、耳栓をしていますか?
これはオーディエンスとしてコンサート・ライブを聴きに行ったり日頃からイヤフォン・ヘッドフォンで大音量の音楽を聴かれている方と、ミュージシャン・音楽関係者としてステージやスタジオに立たれる方、両方へ向けた記事です。
ヒトの耳に限界を超えた大きな音が入ると、鼓膜の内側にある内耳の蝸牛(かぎゅう)というかたつむりのような形をした器官がダメージ(音響外傷)を受け、音が遠のいた感じや耳の痛みを感じます。そしてその後(一時的な)耳鳴りや聴力の低下が起こります。
一時的なものであれば、爆発音などの突発的な大音量でない限り回復は見込めますが、音楽関係者やライブに頻繁に通う方、あるいはイヤフォン・ヘッドフォンで大音量の音楽を聴く習慣がある方のように日常的に大音量にさらされている方は、自覚症状がないうちに騒音性難聴と呼ばれる難聴が進行、つまり聴力が徐々に低下していくことがあり、こうなった場合回復は難しいケースが多いようです。
筆者の周りで日頃大音量に晒されている方のなかにも、スタジオ練習やライブの後突然耳鳴りがひどくなったり、音が響いたりという症状の方がいました。もちろんその方々は耳栓をしていません。
するとある日突然耳の不快感に襲われ、一旦良くなったかのように思いましたがまた再発し、不快感のあまり一切音楽活動ができなくなり、数ヶ月に渡って入っていたすべての演奏予定をキャンセルしなければいけませんでした。表現が難しいのですが耳の管がまるで腫れ上がったかのような感覚に襲われ、これ以上音を聴くことが耐えられないような状態でした。ひどい時には人の笑い声でもこの症状が出たことがあり、もちろん楽器は何ヶ月も弾けないし、音楽すら聴けませんでした。このまま耳が聞こえなくなるのだろうか?と思ったこともありました。
筆者はここで耳の使い方を反省してEtymotic Researchの耳栓「ER20」(下でご紹介します)を買い、なるべく大きい音を聞かないように注意しながら徐々に音楽活動を再開しました。幸いこれは数年をかけてゆっくりと回復しましたが、ライブはもちろん、所属していたバンドのスタジオ練習では耳栓をしていても耳の不快感に襲われることが多く、仕方なく練習の後半にはよくスタジオを抜けさせてもらっていました。趣味であればまだしも、音楽を本業としていた自分にとって音を長時間聴けないというのは死活問題であり、バンドの方々にも迷惑をかけてしまいました。
こういった症状は音楽関係者やライブによく行く方の間で正しく知られておらず、知っていたとしても自分は大丈夫、と甘く見ていることが多いのではないでしょうか。それは耳栓をしている人がいかに少ないかが物語っています。
こうならないための対処法は、何と言っても「大きな音を聴かない」ことです。イヤフォンやヘッドフォンで音楽を聴く場合は音量を下げればよいのですが、ライブやスタジオなど自分のコントロールがきかない状況では耳栓をするしかありません。目は閉じることができても耳は閉じられないのですから、これ以外に方法がありません。
ライブに行って耳栓をするなんて失礼なのでは?と思う気持ちもわかりますが、自分の耳の生死と比べたときにどちらか大切かで決めるとよいでしょう。
最近は公式グッズとして耳栓の販売を始めた有名バンドもあるくらいですから、ミュージシャンやオーディエンスがようやく大音量の危険性に気づき始めたとも言えます。見方を変えれば、耳栓をマナー違反だとしたり不快に思う音楽関係者は認識が遅れているとも言えます。
そもそも耳栓はつけていてもほとんど分からないようなデザインのものが多いので、ご安心ください。
まず、耳栓を選ぶ上で知っておくと便利な音の大きさの単位、dB(デジベル)をご紹介します。この数値が高いほど大きい音を表します。
音量の目安はこのとおりで、()内は測定距離となります。
10 dB | 木の葉が擦れ合う音、呼吸の音 |
20-30 dB | 静かな部屋 |
40-60 dB | 話し声(1m) |
60 dB | テレビ(1m) |
60-80 dB | 乗用車(10m) |
80-90 dB | 大通り沿い(10m) |
110 dB | チェーンソー(1m) |
110-140 dB | ジェットエンジン(100m) |
130 dB | トランペット(0.5m) |
171 dB | ライフル(1m) |
日本の工事現場によくある「ただいまの騒音」(騒音計)も、このdBを使って音の大きさを表しています。
音楽ライブやスタジオ練習、クラブの場合、会場の特性やスピーカーの音量、スピーカーからの距離、演奏内容などによって様々ですが、少なくとも90dB以上の音量に数時間晒され続けるケースが多いのではないかと思います。ステージに立つ演奏家であっても返し(モニター)からの大音量に常に晒されることになります。
一例として、EU加盟国では8時間の平均が85dBを超える環境で働く労働者には耳栓などの防具の着用が義務付けられています[1]ので、ライブやスタジオ練習、クラブなどは耳にとって危険な環境であると言えます。
よく見かけるスポンジタイプの耳栓は最大で30~35dBカットできるほど強力ですが、カットする音のバランスが悪い(例えば中くらいの音はあまりカットされないのに高い音だけカットされてこもった音になる)ため、演奏中に聞こえづらいパートがあったり、それをしたまま会話がしづらいことがあります。
そこで音楽関係者や音楽好きの方には、音のバランスをなるべく損なわないように配慮して作られた音楽用の耳栓をおすすめします。
どれも手頃な価格なので最初の耳栓として強くおすすめします。音楽関係者や音楽好きの方へのプレゼントとしても良いかもしれません。
アメリカ・イリノイ州の、イヤフォンや耳栓を専門とするメーカーEtymotic Research(エティモティック・リサーチ)のER20 ETY•Plugs。
筆者も10年ほど使っていますが、演奏のニュアンスや迫力は問題なく感じ取ることができ、耳栓をつけた状態でつけていない状態の音(実際に観客に届いている音)をイメージしながら音を出すこともできるようになりました。
ずっと耳を守ってきてくれた相棒として、とても愛着があります。
オランダの耳栓専門メーカーAlpine(アルパイン)のMusicSafe Pro。Low(簡単な遮音)・Medium(中程度の遮音)・High(強力な遮音)という3種類のフィルターが付属するため、例えば演奏のニュアンスを正確に感じ取りたいときはLowを、ニュアンスよりも耳の保護を優先したい時はHighを、というように状況に応じて柔軟に対応できます。
同じくオランダの耳栓専門メーカーThunderplugs(サンダープラグス)のPro。平均遮音18dBのフィルター”Normal”と26dBの”Pro”の2種類が付属します。どちらも高い遮音性能が特徴です。
首に掛けられるヒモは付属しません。
では、どれを選べばよいのでしょう?
各メーカー公式の測定結果をもとに、上の3つの耳栓を周波数(音の高さ)ごとの遮音性能(どのくらい音を小さくできるか)で比較してみました。
グラフのいちばん左が最も低い音、いちばん右が最も高い音で、線が下にあるほど遮音性能が低く(あまり音を遮れず)、上にあるほど高い(音をよく遮れる)といえます。
この中ではThunderplugs Proで”Pro”フィルターを付けた場合の遮音性能が飛び抜けて高く、次に同じくThunderplugs Proの”Normal”フィルターという結果になっています。Normalフィルターは低い音の遮音性能が低く、高い音の遮音性能が高いので「こもった」音として聞こえそうです。
確かに遮音性能が高ければ高いほど耳にとっては優しいですが、音楽関係者や音楽好きの方にとっては細かい音のニュアンスや迫力を犠牲にすることになるかもしれないため、一概に遮音性能が高いものだけがおすすめとは言えず、どの程度の遮音性を求めるかで選ぶ耳栓が変わってきます。また、装着感も耳栓によって、また人それぞれの耳の形によって変わってくるため、こればかりは使ってみないと何とも言えません。
筆者は上でご紹介したER20とSensaphonics(センサフォニクス)のMusician’s Ear Plugsを併用しています。これは補聴器店などで耳型を採って作るオーダーメイドの耳栓(日本でも耳型を採って注文できます)で、音のバランスはほとんど変えずに音量だけ下げてくれるだけでなく、自分の耳専用に作られているため長時間つけていても耳が痛くなりにくく重宝しています。
9dB・15dB・25dBカットのフィルターをそれぞれ左右別に選べるので、例えばヴァイオリニストは左耳用を15dBカット、右耳用を9dBカットというようにアレンジできます。少し値段は張りますが、一生耳を守れると思えば安いものです。
また、この耳栓は肌色に近い色をしていて、しかも耳にすっぽり埋まるようなかたちになるため、装着していても外からはほとんど分かりません。
ただし上でご紹介した耳栓のように首からかけられるヒモは付けられないため、着脱の多い現場やさほど遮音の必要ない場面ではER20を使うようにしています。
正しく知られていないがゆえ、大音量の環境はなくなりません。となれば手遅れにならないうちに、耳は自分で守るしかありません。
音楽に関わり、音楽を愛するすべての方へ。
耳栓を強くおすすめします。
小山和音
こやま・かずね
音楽家。「評価しない・教えない・自分たちで作る」にフォーカスしたオンラインの音楽学校、音声や音楽に特化したソフトウェア開発、音や音楽を扱うワークショップや講座、音楽レッスン、作曲・即興演奏などを本業としています。
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