logo 音楽家
English
日本語
メニュー

作曲や即興演奏に「音楽理論」は必要か?

2019年3月13日

「音楽理論の知識がないと作曲や即興演奏はできない」…こんなフレーズを耳にされたことがあるかもしれません。あるいはご自身で、音楽を生み出すのには音楽理論の勉強が必要だと思われているかもしれません。

作曲や即興演奏など、音楽を生み出すにあたって音楽理論の知識は必須でしょうか?今回はそれをご一緒に考えていきましょう。

音楽理論とは?

まず「音楽理論」とは何かというと、この音に対してはこの音がよく使われている、このような音の集まりはこのような機能を持っている、というように音楽の構造や手法などをまとめ、説明したものです。これは世界中のあらゆる人があらゆる音をあらゆる方法で解釈したものの総称であり、「音楽理論とはこうである」という統一された決まりがあるわけではありません。

現代の日本や欧米ではドレミやCDEという音名や五線譜で表され、12平均律と呼ばれる方法に基づいたいわゆる「西洋の音楽理論」が「音楽理論」と呼ばれ、あたかも音楽の標準であるかのように扱われていますが、日本にはこの西洋の音楽理論が輸入される前から独自の音楽理論が存在していたし、72平均律といった気が遠くなるほど細かいチューニングの方法など、世界には本来いろいろな音楽の捉え方(音楽理論)が存在します。つまり欧米や日本で普及している「(西洋の)音楽理論」というのはいつのまにか従ってしまっている音楽の見方の一つでしかなく、それに従わなければいけない決まりはないのです

日本や欧米の楽器店でよく見かける、特にフレット(指で押さえることで弦の長さを変えるしくみ)や鍵盤のある楽器、楽譜なども西洋の音楽理論に合わせて作られています(あるいは、このような楽器や楽譜の構造をまとめたものが西洋の音楽理論です)。

現代では日本や欧米で耳にする音楽のほぼ全てがこの12平均律に基づいて作られており、当然私たちはそれを聴いて育っているため、そもそもそれ以外の音の並びには違和感を感じるという可能性があります。

この12平均律も完全ではなく、組み合わせによっては二つの音を鳴らすと物理的な振動が微妙にずれる(完全に調和した音にならない)ことがあるという特徴があるのですが、実はそこは妥協されており、そもそもこのことを知らなかったり、気にしていない音楽家がほとんどです。

音楽理論はルールか?

音楽理論に沿って音楽を作るのではなくすでにある音楽から音楽理論をまとめる、というのは音楽理論とのもう一つの関わり方ですが、過去の様々な音楽のしくみが解明されると同時に音楽の多様性が失われてきている現代では、音楽理論に沿って音楽を作るというのがおそらく一番なじみのある方法になっています。

そのため音楽理論がまるで従わなければいけないルールのように見えてしまうこともあるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。音楽で「ルール」とされている(ように見える)ことを守らないからといって、誰かに迷惑をかけることはないのですから。

作曲に音楽理論は必要か?

さて本題に入りましょう。様々な音楽家が色々なことを言っていますが、その中でもよく耳にする考え方を取り上げて、ひとつひとつ考えていきましょう。

「音楽理論を学ばないと音楽にならない」

筆者は言葉もあまり喋れない幼児期から音楽をつくる(即興演奏や作曲)という行為を始めており、17歳から音楽学校で西洋音楽理論を学び始めましたが、正直なところ自身の表現に役立ったと実感したことは一度もなく、自分の即興演奏や音楽作品では音楽理論を一切意識していません(学校の課題などを除いて理論的に音楽を作り出したことはなく、すべて感覚に基づいています)。音楽の定義は人によって違いますから、筆者の17歳以前の即興演奏や作品をお聴きになってそれを「音楽」だと感じるのであれば、筆者の人生そのものが「音楽をつくり出すのに音楽理論の知識は必ずしも必要ない」ということを証明できます。

「英文法を学ばなければ英語でコミュニケーションが取れないのと同じで、音楽理論を勉強しなければ伝わる音楽を作れない」

音楽と言語には決定的な違いがあります。言語には「意味」が含まれており、それを伝えることが目的であるため受け手ごとに伝わる内容が大きく違っていてはコミュニケーションとして成り立ちませんが、(現代の「音楽」という言葉が指す)音楽そのものに「意味」はないため受け手ごとに内容(感じ方)が大きく違うことが問題とならないどころかむしろそれは普通のことです。つまり音楽と言語を同列に語ることはできないと、少し考えればわかります。

逆に考えると、コミュニケーションの手段として音楽を使いたい場合は、この音はこういう意味、というように自分と相手が共通の認識を持っている必要があります。

「(西洋の)音楽理論は人間にとって心地よく聞こえるものをまとめたもの」

この考え方では、理論で説明のつかない音に対しては盲目になり、本来自分が何かを感じることのできる音に出会っても「理論的に説明できないから」「理論では禁則とされているから」というような理由で素通りしてしまうことになりかねません。

筆者の考え

筆者としては、音楽をつくり出すのに音楽理論の知識は必ずしも必要ではなく、学ぶ対象が西洋の音楽理論である必要もないし、必要と感じたときに最小限のものを学ぶのが創造性を保つ上では最も無難、と考えています。

ある音楽理論に沿って音楽をつくると、確かにそれに似たようなものは作りやすくなります。現代の欧米や日本であれば、自分の感覚がありふれた音楽に塗り替えられ、その分だけ創造的ではなくなり、自分本来の音楽を捨てることになると言ってよいでしょう。

ご自分やお子さんの創造性を可能な限り活かしたいのであれば、まず音楽理論という存在から疑ってかかり、それが自分にとって本当に必要だということがはっきりしたのなら学び、そうでない限りは距離を置いた方が妥当だと言えます。

音楽理論は一つではないし、あなたにも作れる

(西洋)音楽理論を勉強することはまるで「音楽の構造を理解する」ことであるかのように捉えられがちです。確かに(西洋)音楽理論は音楽の構造の捉え方のひとつですが、あくまでもひとつでしかないということが忘れ去られ、あたかもこれが音楽のすべてを表すかのように解釈されています

この音楽理論をまとめるのは知識人でないといけない訳ではなく、誰でも自分の作った音楽を自分で解釈してまとめることができます。そのようにしてまとめられた自分や他人の音楽理論をもとにインスピレーションが得られるかどうか試してみるのも手です。

難しそうに聞こえるかもしれませんが、それもおそらく気のせいです。極端な例えをすれば、1秒間に100回振動する物と200回の物と300回の物だけを使って曲を作る、と決めたとすると、これはすでに音楽理論と呼べるものです。

筆者が主宰するオンラインの音楽学校「ニュートラル音楽院」個人レッスンワークショップ「音楽をつくる」では、既存の音楽理論にはあえて一切触れずに音楽をつくります。ニュートラル音楽院はビジネスとしての音楽を扱う学校ではないため、既存の音楽理論に触れる必要もないし、触れることで創造性を抑え込んだり表現の幅を限定することがないようにするためにあえてこのような方法をとっています。

記事をシェアする

関連記事

筆者プロフィール
profile

小山和音(こやま・かずね)

オランダ在住の音楽家。「評価しない・教えない・自分たちで作る」にフォーカスしたオンラインの音楽学校、音声や音楽に特化したソフトウェア開発、音や音楽を扱うワークショップや講座、音楽レッスン、作曲・即興演奏などを本業としています。

詳しくはこちら

新規開講中

Neutral Music Academy logo

フィード

RDF / RSS 1.0
RSS 0.92
RSS 2.0
Atom

記事を探す


カテゴリー


  • お知らせ (30)
  • パーマカルチャー探訪記 (11)
  • エッセイ (8)
  • レビュー (2)
  • レポート (1)
  • 記事のテーマ


    日付から探す


    人気の記事


  • ライブやスタジオで耳を守る「音楽用耳栓」3選

  • 音響的な視点からみた、騒音への7つの対処法

  • 音楽教育、それで大丈夫?

  • そもそも「音楽」とは何か?

  • パーマカルチャー探訪記 #9 Rainbow Valley Community