旅に出かけると目に映るすべてが新鮮ですが、家に帰ってくるとそこはやっぱり「いつもの風景」。
そんなときにおすすめなのが「風景を聴く」という行為です。
もくじ
自宅の部屋の中、大都市の交差点、田園地帯のあぜ道、標高3,000mの山頂、サンゴのビーチ、熱帯雨林——地球上のあらゆる場所にはその場所なりの「音の風景」があります。
電話などの「音を伝える技術」やレコードやCDなどの「音を蓄える技術」が生まれるまでは、空間から切り離すことはできませんでした。それが技術の発達や普及とともにどんどん空間から切り離しやすくなっていき、「風景」と「音」は別々のものとして扱われるようになりました。
日本には古くから「虫きき」と呼ばれる、虫の声を聴くためにわざわざ外へ出かける文化があったそうですが、スズムシやコオロギなど鳴く虫を売る「虫売り」という商売は戦後の西洋化でカブトムシやクワガタに取って代わられ、衰退していったようです。
ウマオイをスイッチョンと表したり、ミンミンゼミ、ニイニイゼミ、ツクツクボウシなど鳴き声の擬音語がそのまま名前になっていることを少なくとも私たちはあまり不思議に思いませんが、この虫の声に対する感性は果たしてヒトに共通するものでしょうか。
今、私たちはじっとしていても、常に何かしらの音が聞こえています。この「音」にどう向き合っていくかを考えることは、私たちをとりまく「環境」にどう向き合うかと同じだと私は思います。
これは、そのような音の風景からあなたの「聴く感覚」を拡張しつつ、素材を集めることで今後の音楽表現に役立てようという試みです。
何も鳴らし方の決まった楽器からしか音が出ない訳ではなく、見方を変えれば音の素材になるものはすぐそこにあるかもしれない、ということです。
いつもと違う捉え方で外を歩いたり他の人の「音の聴き方」を知ると、何か面白い発見があるかもしれません。
普段聞いているようで聞いていない「音の風景」に出会う、そして気に入った音を集める小さな旅に出てみませんか。
危険な場所には近づかないようにしてください。ワークシートを記入しているときも周囲の状況に十分注意してください。このワーク中の事故・紛失について当方は一切の責任を負いかねます。
「音」という視点から環境に向き合う。このアプローチを最もストレートに形にした試みが、耳をすませて自然や街の中を自由に歩く「音さんぽ」。東京、名古屋、大阪、九州沖縄など各地で開催してきました。
「音さんぽ」が生まれる前、楽器ではないもの(鳴らし方のないもの)だけを持ち寄って自由に音を出す「楽器を使わない即興演奏ワークショップ(現・音楽をつくる)」を何度も開催していました。これが、音という視点から能動的に空間をつくる試みだとしたら、逆にすでにある空間を音という視点から感じるというアプローチもあるのではと考え、生まれたのが「音さんぽ」でした。
「音」という入り口から参加者の興味が赴くままに「さんぽ」をすると何が生まれ、何が起こるのでしょうか?
私が主催する「音さんぽ」では、たいてい60分の自由時間を設けてルートを自由に決めて思うがままに歩く、という方法をとっています。「音さんぽ」自体が先の問いに挑むひとつの「試み」であることから、私が歩くルートを決めたり、聴く音を指定することなどはせず、私自身の主観をなるべく排除することを心がけています。また、入り口が音というだけでゴールが常に音であるとは限らず、音さんぽをきっかけとして、そこにはどのような変化もありえます。
それゆえ自由度が高い…どころかすべてが自由で、最初は戸惑う方も多いのですが、10分、20分と経つうちに自然と自分なりの「音の聴き方」を確立されています。
ご依頼をいただいて、大分県の国東半島の岬で音さんぽを実施したとき、先方から「小山さんなりの音の聴き方を、みなさんにお話してもいいかもしれません」と助言をいただいたことがあり、初めて自分の主観である「音の聴き方」を表に出したことがありました。
「音さんぽであれ日常生活であれ、『音の聴き方』に正解はありません。海に向かって佇む、海に背を向ける、立ち止まらずに浜を歩く、座る、特定の音にピントを合わせる、合わせず空間全体を捉える、誰かと喋る、喋らない───10人いればそこには10通りの聴き方があります。みなさん一人ひとりが、いちばん良い、気持ちいいと思う音への向き合い方を見つけてみてください。それは音だけに向き合っているようで、実は音という入り口から空間全体、この環境に向き合っていることと同じです」
「音さんぽのように、特定の音に集中しやすい歩き方を続けていると、耳が混乱して、空間全体をフラットに捉えられななってくることがあります。そんなときは、一旦耳をふさいで数秒時間をおいてからパッと離してみてください。そうすると、パッと離した瞬間はすべての音が均等に感じられる。耳がリセットされ、リフレッシュされたような状態になり、その瞬間だけは、そこにどんな音の風景があるのかがわかります」
…こんなことを皆さんにお話しました。
カナダの作曲家マリー・シェーファーは、環境から分離されて扱われてきた音について、一度風景のように捉え直してみては、と「サウンドスケープ(音風景)」という概念を提唱しました。「音さんぽ」はまさにそれをテーマとして扱うワークであることから、冒頭に彼の提唱するサウンドスケープの考え方を紹介しています。音であそぶようなワークをしながら、サウンドスケープについて考えるための実践本も発売されています。
「音さんぽ」は、決して小山和音が主催しないとできないものではなく、「耳をすませて散歩する」という行為に勝手に名前を付けているだけなので、もしかしたらあなたも経験があるかもしれません。
音さんぽに参加された方の感想をいくつかご紹介すると──
普段はイヤホンで音楽を聞きながら歩いているので、今まで気づかなかった音・声などなどが聞けて新しい発見ができました。良い気分転換になりました。楽しかったです。───2013/8/3 音さんぽ@大阪
こんなに時間に余裕を持って外の音を集中して聞いたことは無かったです。音楽に生かせそうです。寒い、暖かい、五感的な面で変化すると感じ方も違う。雰囲気って大事だな〜 ───2013/2/17 音さんぽ@名古屋
目を閉じて聴こえてくる音に集中してみると、普段気づかなかった音が聴こえてきたり、こういう音があったらいいのにとか、耳ざわりに感じる音があったりしました。普段写真を撮る時に目に見えるものばかり意識していたので音にも意識を向けてみるとまた表現が変わってくるのかなと思いました。───2013/9/15 音さんぽ@鹿児島
初めて音さんぽに参加して、音の種類や性質にすごく興味がわきました。音楽ではなく、身近にある音でこんなにも味わうことができると思ってびっくりしました。音を人に伝える際の難しさを感じ、せっかく感じたことは伝えられるようになりたいと思いました。───2013/7/21 音さんぽ@東京
今まで大##目の前で「きく」ことはしてこなかった。それでも、自分の耳は気に入った音を選んでいたことに驚き、最終的に心地よい音に出会えたことが嬉しかった。「かすかな音」にもfocusが向きそう。───2013/7/21 音さんぽ@東京
街中でも意外と多くの音が鳴っていて、ひとつずつは普通なのに集まることによって「生活」とか「人のいる場所」の音に変わっていく感じが不思議だった。自転車のチェーンや走り出す音、スタンドの音は好き(普通)だけど、ブレーキの音は好きじゃないんだなあと思った。───2013/8/3 音さんぽ@大阪
視覚からの情報の多さを改めて感じました。自然の音のここちよさ、車の音、街中のBGMの不快さを改めて再認識できました。───2013/9/15 音さんぽ@鹿児島
ちなみに、東京都心から沖縄のビーチまで回数を重ねていくうちに、参加された方のご感想から面白い共通点も浮き彫りになってきました。それは、都心であれ大自然の中であれ、自然の音を探そうとする方が多いということ。
左側にある枠内に、今その場で聞こえている音をすべて挙げて、例に従ってそれぞれの音がどれに当てはまるか記入してみてください。
気に入った音は残しておきたいものですが、そういう音に出会うのは野外だったり、録音環境を整えるのが難しい場所だったりします。
音はどんどん変化するので、環境を整えるのに時間をかけたくもありません。
そんなシチュエーションでの録音にはポータブルレコーダー(ハンディーレコーダー)が便利です。
スマホでも録音はできますが、どうしても臨場感には限界があり、風が吹けば「ボコボコ」というノイズが入ってしまいます。もしそのあたりをクリアにしたいのであれば、ポータブルレコーダーをおすすめします。
安いものでも24bit / 96kHzという業界標準音質で録音でき、スペックとしてはこれで十分ですが、信頼のおけるメーカーの製品を選んでおきたいところです。
音楽業界でよく使われているのはZOOM、TASCAM、SONY、Rolandの4社です。
ほとんどのレコーダーの録音チャンネル数は2つですが、ハイエンドな機材になると外部マイクを接続でき、中には8chを同時に収録できるものもあります。
レコーダーの中には内蔵マイクの角度を変更して、一般的なステレオ録音に使われるA-B方式(無指向性マイク2本を平行または外振りにセット)とX-Y方式(単一指向性マイク2本を90度の角度で重ねて近い位置から収音)を切り替えられるものもあります。
地球上のあらゆる場所の音の風景(サウンドスケープ)をオンラインで聴くこともできます。
音という媒体から自然を愛でることができる日本人なりの音への接し方が、現代の生活に埋もれたとはいえ「音さんぽ」のような機会をつくることで、ここに垣間見えているような気がしています。
あなたは、音に対して、そしてその先にある環境に対して、どのように向き合っていますか?
小山和音
こやま・かずね
音楽教育の新しいかたち作り(創造性と個性を最優先に、音楽を教えず、評価せず、楽器や楽譜を自分でデザインしてゼロから音楽をつくるオンラインの音楽教室)と、音の生まれるしくみ作り(周囲の条件に反応して音楽や音声をリアルタイムに生み出すシステム開発)。